アイヌの藍染Ⅱ

ハマタイセイは藍染染料としてアイヌ民族に利用されていたのでしょうか

 

アイヌ語名:セタアタネ

 

ハマタイセイ(エゾタイセイ)は北海道の海岸に自生するアブラナ科タイセイ属の越年草で、葉中に藍色素(インディゴ)を含有します。同属にヨーロッパの ホソバタイセイ(藍染染料ウォード)があります。
ハマタイセイを使用した藍染の記録はありませんが、タデアイと比べると含有する藍色素が微量なので大量の葉(海岸に大群落)が必要となります。
2016年現在、環境省RDB(レッドデータブック 日本の絶滅のおそれのある野生生物)において 絶滅危惧種に指定されています。

アイヌの藍染Ⅰ」では、アイヌ民族が藍染を行っていたと仮定した場合の必要条件を示しましたが、それらを満たす物証となるものが存在していないようであることから、ハマタイセイがアイヌ民族によって藍染されていた可能性は極めて低いと思われます。
そもそも、ハマタイセイの葉はタデアイの葉のように切り口が青くならないし、指ですり潰しても青く見えないことから、ハマタイセイに藍色素の存在を知り得たこと自体が疑問に思われます。ただし、薬草として葉を大量にすり潰したとしたら藍を見い出すことが出来たかも知れません。もしくは、漢方薬にタイセイ属の根茎を利用する板根藍(ばんこんらん)があることから、交易によって知識を得た可能性もあります。漢字名の浜大青が如何にも、な感じですが。

 

さて、そもそも実際のハマタイセイの色はどのようなものなのか。いくつかの条件下で染めてみました。

 

***** ハマタイセイの藍染 *****

 

染色に使用したハマタイセイは当工房で栽培したもの(1985年礼文島において秋田良子氏が採取した種子を継続栽培)を使用した。
2年草のハマタイセイは、1年目にロゼット葉を形成して根茎に栄養を蓄えてから、翌年、開花・結実する。染色には2年目の開花前(5月中旬)の葉を使用した。

dscf27612

当年:ロゼット葉

 

p10009132

越年株

 

 

染色法は、絹糸と羊毛は生葉染め、綿糸は化学建てにした。
手始めに被染物に対して200%のハマタイセイの葉(タデアイの生葉染めでの標準量)の生葉染めで絹糸に染めて見たが、ほんのり青くなった程度であったので、更に200%追加、延べ400%で染めた。

 

 

絹糸に対して200%量のハマタイセイの葉を生葉染めにした結果では、辛うじて青く見える。

dscf35962

 

次に羊毛の生葉染めでは、葉の分量を400%で染めたが、絹糸で染めた色には遠く及ばない濃度であったので、更に400%を追加し、また更に400%追加、延べ1200%にして絹糸の色濃度に近付けた。

次の綿糸では、最初から1000%の葉量をハイドロ建てにしてから数回染め重ねて色を合わせた。

dscf36872

ハマタイセイで染色 左から綿糸・絹糸・羊毛糸

 

タデアイ生葉100%

タデアイで染めた羊毛糸と比べると、染着した藍色素がいかに少ないかが分かる。同濃度に必要なハマタイセイの推定葉量は2400%、タデアイの10倍以上にもなる。
ただし、ハマタイセイの葉中のインディゴ前駆物質がインディゴに変化する過程のタデアイとの違いを考慮に入れなければ正確な比較にはならない。

 

※中世ヨーロッパでのホソバタイセイ(ウォード)の藍建て法は、ウォードの葉をすり潰してボール状にして乾燥したもの(ウォードボール)に尿を還元剤として使用して染めたとされる古い記述があるそうだ。

 

**********************************************

 

以上、栽培条件の違いや計量の誤差を考慮に入れても、タデアイと比べてハマタイセイに含有する藍色素が微量であることが分かります。
ところで、ハマタイセイに染着した青色色素が藍色素なのか、それとも別の色素なのかですが、綿糸の染色において、強アルカリの還元溶液下で染着・発色していることから建染め染料、即ちインディゴ(藍色素)と見て良いと思われます。

 

おわりに:工房開設当初、独自の藍色と話題性に期待してハマタイセイ(エゾタイセイ)で染めて見ました。一つの株から採れる葉が10枚に満たないので、とりあえず少量の糸で染めて見たのですが、あまりの藍色の薄さと収穫までに2年かかることを思うと、野心とともにロマンまでが萎んでしまいました。それでも、30年近く絶やさずに育てたハマタイセイの種をアイヌ文化の正しい解釈に役立てることができました。

 

2016/12/7

 

 

 

参考資料

丹羽真一 2002.利尻島におけるハマタイセイの生育環境と個体群構造.利尻研究(21);75-80,march.2002

閏間正雄 2012.ヨーロッパの藍染め. ウォードの成り立ちと変遷<研究報告>.文化ファッシヨン大学院大学紀要論文集ファッシヨンビジネス研究(2).(2012-03)pp.82-8

深田雅子 2015.アイヌの衣服に見る藍染:その役割と象徴性<研究ノート>.文化学園大学紀要.服装学・造形学研究(46)(2015-01)pp.75-80